1.汚染と身体

環境文学は、汚染に関わる様々なテーマを明確に焦点化してきた。環境は複合的で、エコシステム 全体に循環的に汚染が浸透拡大することは言うまでもない。中でも土質汚染や川や海の水質汚染、空気汚染は農業を破壊し、様々な薬品と化学物質の複合作用が もたらす深刻な被害が、いきものと共同体や家族、ジェンダー、出産する身体と心にもたらす結果が文学作品のテーマとなってきたが、先鞭をつけたのはやはり 『沈黙の春』であった。また核実験や核災害による被爆や被曝、広範囲な大地や海洋の壊滅的な汚染が、生活を破壊し、生物全般に連鎖的に引き継がれ、核物質 と核廃棄物汚染が特定地域やエスニックとも深く関わり、世界各地で癌性の病を引き起こしてきたことで環境文学の新たなフェイズが始まったといえる。グロー バルな世界で汚染は地球という惑星全体に広がり、気候異変も深刻であるが、スザンナ・アントネッタ、アナ・カスティヨ、オードリー・ロード等多様なエスニ シティの作家が、ダイアリー、ドキュメンタリー、メモワールなど独特の語りで身体的苦境を力強く発信してきた。具体的には『オルタナティヴ・ヴォイスを聴 く――エスニシティとジェンダーで読む現代英語環境文学103選』第1章を参照されたい。 

(伊藤詔子)

第1章 汚染と身体 目次

1 汚染された大地の身体(三浦笙子)
 レイチェル・カーソン
 『沈黙の春』(1962)『失われた森―レイチェル・カーソン遺稿集』(1998)
2 乳房切除と黒人エコフェミニスト・レズビアン詩人(マイケル・ゴーマン
  /松永 京子訳)
 オードリー・ロード『癌日誌』(1980)
3 ポスト・パストラル、化学薬品汚染(大島由起子)
 ドン・デリーロ『ホワイト・ノイズ』(1985)
4 環境汚染の中を生きる愛(桧原美恵)
 シンシア・カドハタ『愛の谷の中心で』(1992)
5 チカーナの身体の回復とコミュニティの継続(松永京子)
 アナ・カスティヨ『神から遠く離れて』(1993)
6 農業労働者の身体と抵抗のディスコース(松永京子) 
 エレナ・マリア・ヴィラモンテス『イエスの足下で』(1995)
7 身体のトラウマとメモワールの文体(伊藤詔子)
 スザンナ・アントネッタ『汚染の身体―環境的追想記』(2001)
8 原爆製造と土地の簒奪、語りによる歴史の回復(伊藤詔子)
 テリ・ヘイン『ハンフォードの農家の娘たち―裏切られたチーフ・クワルチャン、アプローザと私』(2000)
9 出産の科学的語り―女性と化学汚染(三浦笙子)
 サンドラ・スタイングレイバー『フェイスを産んで―あるエコロジストが母になるまで』(2001)
10 被爆と身体(大島由紀子)
 ジェラルド・ヴィゼナー『広島ブギ―アトム57』(2003)

コラム1 先駆的予言的環境小説(藤江啓子)
 ハーマン・メルヴィル『独身男たちの楽園と乙女たちの地獄』(1855)
 レベッカ・ハーディング・デイヴィス「製鉄工場の生活」(1861)
コラム2 薬品汚染と女性ドキュメンタリーの世界(伊藤詔子)
 アーリー・ライト、アーヴィング・サラフ、ナンシィ・エヴァンズ制作
 『レイチェルの娘たち』(1997)
 ジュディス・ヘルファンド、ダニエル・ゴールド制作『青いビニール』(2002)コラム3 環境、ジェンダー、身体への新しい視点(浅井千晶)
 レイチェル・スタイン編『環境正義への新展望』(2004)
コラム4 環境汚染への草の根講義運動のルーツ
 ロイス・マリー・ギブス『ラブキャナル』(1998)

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